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ブリーフィング

独禁法改正 ― 確約(コミットメント)制度の導入がもたらす影響

山田 香織ジョエル・ルーベン

この度公正取引委員会(公取委)は、独禁法の改正を発表し、新たに確約(commitment)制度を導入することになりました。現在、公取委は排除措置命令又は課徴金、あるいは逆にもっと弱い形式の執行、例えば法的拘束力のない警告や、自主的な行為終了による事実上の捜査の終了、という形でしか独禁法違反を処理できないことになっています。この改正により、公取委はこれまでよりも柔軟に違反調査ができるようになり、欧州委員会をはじめとする海外の規制当局と同様の権限を、やっと獲得できることになります。実際、この改正により、公取委の運用が様々な形で変貌することが予想されており、このブリーフィングでは、欧州での経験も踏まえた今後の展望を検討したいと思います。

改正の直接の引き金は、日本が「環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定」(「CPTPP」)を批准したことにあります。本協定では、締約国に対して「国内規制当局及び違反行為が疑われる事業者が、自発的な合意により問題解決する」制度が存在することが、批准国の義務の一つになっています。折りしも、公取委はここ数年、海外当局が持っているような柔軟な運用ができる制度への移行 (例えば、現状では議論が止まっていますが、公取委の課徴金計算の

裁量権を拡大しようとする改正の議論など)を検討しており、このCPTPPの規定が、この大きな流れにも整合したという背景があります。

本改正はCPTPPの発効と同時に施行されることとなっており、CPTPPは、2018年10月31日に豪州が11か国の締約国のうち6番目の批准国となったことを受け、2019年初めに発効することになっています。公取委は、確約制度のより詳細なガイドラインを制定すべく、パブリックコメントの手続が行われたところで、最終案が年内には発表される予定です。

確約手続の具体的なプロセス

本ガイドラインを見る限り、今回導入される確約制度は、EUのコミットメント(commitment)制度の内容をほぼ踏襲していると言えるでしょう。

コミットメントはどのように交渉されるのか

コミットメントの交渉手続は、まず、調査対象である事業者に対して公取委が違反被疑行為の概要及びコミットメントの提案を促す書面通知を出すことで開始されます。事業者は、通知の受理から60日間にコミットメント案を提出し、かつ、違反被疑行為が既に終了していることを示す必要があります。またこのような公取委側からの通知がなくても、調査対象である事業者は、公取委に積極的にアプローチし、確約制度に基づいた解決を模索することができます。いずれの場合においても、事業者が確約制度を用いた違反調査の処理を求めることが、違反行為の「自認」とはならない、というところが重要になってきます。

例外

EUと同様、いわゆる「ハードコア」行為(特にカルテルや入札談合)は、罰金による抑止力効果が重要であるという観点から、確約制度の適用対象ではないとされています。また、刑事告発事件、あるいは過去10年間の独禁法違反行為の再犯に該当する場合には、確約制度が適用されないとされています。 確約制度による事件処理により、かなりの効率性が期待されることを考慮すると、これらの場合について何故公取委の裁量権が制限されるのか、若干説得力に欠けるという意見もあります。例えば、現状のガイドライン案では、異なる商品市場やビジネス状況下で発生した別個の違反であっても、「再犯」と解釈されてしまう余地があります。

コミットメントの内容と市場テスト

ガイドライン案によると、コミットメントの提案が公取委に受け入れられるためには、公取委の懸念に十分対処しつつ実施可能な内容である必要があるとされています。興味深い点として、コミットメント案の内容として、過大請求や抱き合わせ販売の被害を受けた会社に対する弁償が挙げられており、言いかえれば、確約制度を用いることで、課徴金の代わりに実費の弁償で解決できる途が、ガイドライン案では示唆されています。これにより、リニエンシー制度が使えないような行為カテゴリーについても、事業者が問題行為を公取委に自主申告するインセンティブがより高まると考えられます。例えば、優越的地位の濫用については、公取による硬直的な課徴金計算方法が批判されており、確約制度により、これまでより柔軟が解決が期待されています。さらに、EUのような義務的な手続とはされていないものの、提案されたコミットメント案が必要条件を満たしていることを確認するため、公取委が「市場テスト」を実施し、パブリックコメントを求めることができるとされています。これまでのところ、公取委はどのような場合に「市場テスト」が実施されるのか明らかにしておらず、制度開始後に、実際の手続の負担や効率性などを見ながら、運用が固まっていくものと予想されます。

決定とケースサマリーの公表

ガイドライン案によると、公取委が確約決定をする場合、決定内容及び受諾したコミットメントの概要を公表しなければならないとされています。確約制度の本質にも関わる重要な点としては、確約決定自体は違反が存在したという法的な認定にはならないため、当局の調査に続く損害賠償請求の原告にとって、確約決定自体は証拠としてさほど有益でないことです。とは言え、確約決定にはいずれにせよ行為の概要が含まれるので、会社側としては、この行為概要の部分が事実上の「自認」にできるだけならないよう、公取委が決定を発表する前に、積極的に決定案の文面にコメントを出す必要があります。

モニタリング

EUの制度と異なり、公取委はコミットメントに従わない事業者を罰することができないため、その場合には、確約合意を解消し、調査を再開するという建付けになっています。2003年にEUでコミットメント手続が導入される以前、非公式に欧州委員会が運用していた和解方法において、罰則を課す権限が欠如していたことが根本的な欠点と考えられていたことに照らすと、今回のガイドライン案も、同じ欠点を内包していると言わざるを得ないでしょう。また、EUにおけるコミットメントの執行において重要な役割を果たしているモニターの役割も明確に定められておらず、今後の運用の中で具体的な手続が確立されていくことが期待されます。

EUの経験

コミットメント制度の利点

EUのコミットメント手続は、もちろん様々な問題点の指摘はあるものの、概して成功していると言え、欧州委員会及び調査対象である事業者双方に一定のメリットがある制度と言えます。EUのコミットメント制度は、当初は例外的に排除措置命令を置き換えるものとして導入されたものの、実際には、2003年以降の欧州委員会による単独行為(unilateral conduct)に関する違反決定のほぼ3分の2を占めています。

欧州委員会にとって、コミットメント制度はより効率的で迅速な解決手法であることは疑いなく、また調査対象である事業者にとっても、多額の罰金や直接的な違反認定を回避でき、損害賠償請求のリスクも比較の問題ではありますがが低減できるというメリットがあります。当局との協議により自主的な解決策が提案されるというコミットメント制度の性質上、事業者にとって実行可能な、ビジネスの現実を踏まえた解決策を見出し易く、また将来の実効性も高くなるという、双方向の強みがあると言えます。このようなEUでの経験を踏まえると、公取委の新制度は歓迎されるべきでしょう。

EUのコミットメント制度への批判

他方で、EUのコミットメント制度への批判があることも確かです。違反認定なくして調査が終結するということは、明確な競争阻害の理論(theory of harm)を提示する必要がないことを意味し、第三者がコンプライアンスを考える上で有益なガイダンスとなり得ないという問題が生じます。事業者がコミットメント案をまずは提案できるとは言え、当局が事実上幅広い裁量に基づいてコミットメントを拒否することが可能なため、実際には当局主導のプロセスと言わざるを得ません。このような立法や判例に基づかない、純粋な行政当局の裁量により、新しいルールが形成されていくことへの批判は根強く存在します。

このような欧州委員会のアプローチは、特に新しい分野や特殊な違反類型が調査される場合に顕著になる傾向があります。同様の懸念が日本の新制度にもあてはまることは疑いなく、例えば、公取委が特に興味を示している電子商取引やIT分野の案件などは、要注意と言えるでしょう。

確約制度と企業結合審査

EUの制度と異なる点として興味深いのは、確約制度が企業結合審査にも適用されるとされている点です。公取委は、従来から企業結合の当事者に問題解消措置を課す権限を有しており、その内容は非公式な協議によって決められ、手続や時間制限の点で必ずしも制度が確立しているとは言えません。確約制度のガイドライン案が定める、60日間の交渉期間を活用することにより、既存に比べて手続が明確になり透明性が上がるというメリットがあり得、より複雑な事案では便宜性が高いと予想されます。

興味深いのは、公取委が、既存の手続も引き続き維持するとしている点です。今後実際の案件において、会社側としては、新しい確約制度に従って問題解消措置を検討するメリット、また案件によって公取がどちらを薦めてくるのか等、慎重に手続を選択する必要があるでしょう。

新制度が何を意味するのか

従来公取委は、「99%の美学」とも言われるように、確実に立証できる、例えば国内の建設談合のようなハードコア違反を調査対象の軸としてきたという歴史があります。もし公取委が、EUのように、法的な立論の難しい案件を解決する手段として確約制度を活用できるようになれば、グレーゾーンの幅がより大きい、私的独占その他の単独行為に調査の手を伸ばし易くなり、これらの分野に公取委の調査対象が移行していく可能性もあります。

新制度はまた、運用を国際化したいという現在の公取委の意向を実現するための重要なツールだとも言えるでしょう。確約制度は、課徴金なしで案件を解決し、また決定後の上訴による司法審査も回避でき、これまで厳格な課徴金制度の下では公取が躊躇してきた、外国会社の事案や国際案件を調査し易くなると考えられます。

これまで海外当局の幅広い裁量に立ち向かってきた経験からすると、コミットメント事案における当局との駆け引きは、必ずしも納得の行くものではない例が少なくなく、特に、当局が新しい分野に執行を拡大しようとしている事案では、この傾向が顕著です。

違反調査や企業結合審査において、公取委から確約制度の利用を示唆された場合、まずは新制度を使うメリット・デメリットを、慎重に検討する必要があると言えるでしょう。

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